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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)9031号 判決 1968年11月30日

原告

浜口澄子

ほか二名

被告

丸福建材工業株式会社

ほか一名

主文

被告らは各自原告浜口澄子に対し三一〇万二四六八円、同浜口為雄および同浜口さだに対し各一二七万八九一一円および右各金員に対する昭和四二年六月一日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

原告らの被告らに対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの、その余を被告らの、各負担とする。

この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。

事実

第一、請求の趣旨

一、被告らは、各自原告浜口澄子に対し五〇〇万五八九九円、同浜口為雄、同浜口さだに対し各二〇八万〇四八〇円および右各金員に対する昭和四二年六月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二、訴訟費用は被告らの負担とする。

三、仮執行の宣言。

第二、請求の趣旨に対する答弁

一、原告らの請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

第三、請求の原因

一、(事故の発生)

浜口機(以下、機という。)は、次の交通事故によつて死亡した。

(一)  発生時 昭和四二年五月九日午後一二時四〇分頃

(二)  発生地 東京都江戸川区西端江三丁目二番地先交差点

(三)  被告車 小型乗用自動車(足立五ぬ六一一三号)

運転者 被告嶺島佑光(以下、嶺島という。)

(四)  原告車 自動二輪車

運転者 機

被害者 機

(五)  態様 交通整理の行われていない右交差点で、鎌田方面から春江町方面に向けて進行した原告車と今井橋方面から端江方面に向けて進行した被告車とが衝突したものである。

(六)  結果、機は即死した。

二、(責任原因)

被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故により生じた機及び原告らの損害を賠償する責任がある。

(一)  被告嶺島は、事故発生につき、次のような過失があつたから、不法行為者として民法七〇九条の責任。

すなわち、交通整理の行われていない交差点においては、運転者は、前方を注視し、左右の安全を確認し、徐行し、しかも、すでに他の道路から当該交差点に入つている車両があるときは、当該車両の進行を妨げてはならない義務があるにかかわらず、被告嶺島は、これを怠り、原告車がすでに先入しているにかかわらず、時速七〇キロメートルで慢然と交差点に進入した過失がある。

(二)  被告丸福建材工業株式会社(以下、被告会社という。)は、被告車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任。

三、(損害)

(一)  原告澄子の支出した葬儀費等

原告澄子は、機の事故死に伴い、次のとおりの出捐を余儀された。

(1) 会食費 七万五六二九円

(2) 葬祭料 二〇万八九三五円

(3) 交通費 六万九七四〇円

(4) 雑費 二七五三円

(二)  被害者の得べかりし利益 一〇三八万八四五五円

(1) 機が死亡によつて喪失した得べかりし利益は、次のとおり一〇三八万八四五五円と算定される。

(死亡時)二五歳

(推定余命)四四・〇九年(平均余命表による)

(稼働可能年数)四〇年

(収益)一月五万九七〇〇円

(控除すべき生活費)一月一万九七〇〇円

(毎月の純利益)四万円

(年五分の中間利息控除)一〇三八万八四五五円

(2) 原告澄子はその妻として、原告為雄および同さだは、いずれも親として、それぞれ相続分に応じ右機の賠償請求権を相続した。

その額は、

原告澄子において五一九万四三二七円

原告為雄、同さだにおいて各二五九万〇七一一円

(三)  原告らの慰藉料 三〇〇万円

原告澄子は、機の妻として、原告為雄、同さだは、機の親として、右機の死亡により精神的苦痛を受けたが、その精神的損害を慰藉するためには、原告澄子に対し一五〇万円、原告為雄、同さだに対し各七五万円が相当である。

(四)  原告澄子の支出した弁護士費用 八五万円

四、(損害の填補)

原告澄子は、自動車損害賠償責任保険から七五万円、同為雄および同さだは、各三五万円の支払いを受け、これを右各損害に充当した。

五、(結論)

よつて、被告らに対し、原告澄子は、内金五〇〇万五八九九円、同為雄および同さだは、各内金二〇八万〇四八〇円およびこれに対する事故発生の日以後の日である昭和四二年六月一日以後支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第四、請求の原因に対する被告らの答弁ならびに抗弁

一、第一項中、(一)ないし(五)は認める。(六)のうち、機が死亡したことは認めるが、即死ではない。

第二項中、被告嶺島に過失があつたことは否認し、その余の事実は認める。

第三項は争う。

二、(過失相殺)

本件事故発生については被害者である機の過失も寄与しているのであるから、賠償額算定につき、これを斟酌すべきである。

すなわち、本件交差点は、左右に空地が拡がり、見通しの良い道路である。ところで、すでに他の道路から当該交差点に進入している車両があるとき、又左方の道路から交差点に入ろうとしている車両があるときは、いずれも、当該車両の進行を妨げてはならないにもかかわらず機はこれを怠り、被告車が先入車であり、左方車であるにもかかわらず、被告嶺島よりも早い速度で右交差点に進入した過失により、本件事故を発生させたものである。

三、(相殺)

被告会社は、機の過失にもとずく本件事故により被告車を破損され、その修理費用として、二六万七八七〇円を支出した。そこで、被告会社は、本訴において、右損害賠償請求権をもつて、原告らの本訴債権と対当額において相殺する旨の意思表示をした。

第五、抗弁事実に対する原告らの答弁

第二項は争う。第三項は不知。

第六、証拠関係 〔略〕

理由

一、(事故の発生)

請求の原因第一項(一)ないし(五)の事実は当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、機は、本件事故により、昭和四二年五月九日午後三時一〇分頃死亡したことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二、(被告嶺島の責任)

〔証拠略〕によれば、以下の事実を認めることができ、以下の認定に反する証拠はない。

本件事故の現場は、今井から端江に至る幅員六・二メートルの歩車道の区別のないアスフアルト舗装道路で、その西側には幅員三・一五メートルの無蓋の排水槽が接している南北に通ずる道路と篠崎街道から昭和橋に至る幅員五・三メートルの東西に通ずる歩車道の区別のないアスフアルト補舗道路とが、ほぼ直角に交差する交差点であつて、この交差点に南方から入る場合には、東側東方から入る場合には南側は空地であつて、互に自己の進路上からこれと交差する道路を見通すことは良好である。この交差点は交通整理が行われておらず交通標識の掲示もない。ところで、被告嶺島は、本件事故の際、時速約五〇キロメートルの速度で南方から進行し、東方から進行してきた原告車を三〇ないし四〇メートル先に認めたが、原告車よりも先に右交差点を通過することができるものと軽信し、そのままの速度で左右の安全を十分確認しないまま交差点内に進入したところ、原告車が減速することなくほとんど同時に交差点内に進入して来たのを六メートル手前において始めて発見したため、避けるいとまもなく、交差点中央附近において、被告車の右前部と原告車の左側面とが衝突し、被告車は運転の自由を失い、そのまま一四メートル先の斜の左前方の排水槽に落ちて停車し、原告車はその場に横転し、機は被告車の前方に投げ出されて倒れたものである。

ところで被告嶺島は、右方の道路から右交差点に進入しようとしていた機の運転する原告車を約五〇メートル先の地点に認めたのであるから、その動静を注視し、安全を確認して進行すべき注意義務があるのに、右義務を怠り、時速約五〇キロメートルの速度で漫然と交差点に進入したのであつて、本件事故の発生は、機の過失に基因することもさることながら、被告嶺島の右注意義務を怠つた過失もその一因をなしていることは明かである。従つて、被告嶺島は、本件事故により機および原告らの蒙つた損害を賠償する責任がある。

三、(被告会社の責任)

被告会社が被告車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであることは、当事者間に争いがないから、被告会社は、自賠法第三条により機および原告らの損害を賠償する責任がある。

四、(過失相殺)

前記認定のとおり、機は被告車が左方の道路からほとんど同時に交差点に進入してきたのであるから、その進行を妨げてはならない義務があるのに、これを怠り、交差点内に進入した過失も本件事故の発生についての一因をなしているものと認められる。そして、双方の過失は、原告車が自動二輪車、被告車が小型乗用車であつたことも考慮して、被告嶺島において五、機において五と認めるのが相当であるから、機の右過失は、被告らが負担すべき賠償額を算定するについて斟酌すべきものと認められる。

五、(損害)

(一)  原告澄子の支出した葬儀費等

〔証拠略〕によれば、原告澄子は、葬儀費等として、二〇万円以上を支出したことを窮うことができるが、その数額の適否は、実際に支出した費用額のみによるべきでなく、被害者の年令、遺族の社会的地位等一切の事情を考慮して決定されるべきであるから、本件の場合二〇万円の限度で認めるのを相当とする。しかし機の前記過失を斟酌すると、右金額の五割にあたる一〇万円の限度で被告らに負担させるのを相当とする。

(二)  被害者の得べかりし利益

〔証拠略〕によれば、機は、前記死亡当時二五才であつて、建築請負業を営む田平巧のもとで大工として働き、毎月平均五万九七〇〇円の給料を受けていたことを認めることができる。そして、〔証拠略〕によれば、原告澄子は、当時なにわ製菓に勤務し毎月平均一万三〇〇〇円の給料を受けていたこと、機と原告澄子は昭和四一年一一月頃から二人の給料から毎月平均四万八〇〇〇円の預金をなし、機と二人きりの生活費としてはその残額程度をもつて足りていたことを窮うことができるから、機の生活費としては多くとも一万九七〇〇円をこえないものということができる。もつとも、証人鈴木芳雄の証言によれば機は昭和四二年二月頃原告車を四、五万円で買い受けて、これを仕事に利用していたことが認められるが、右事実から直ちに機の生活費が一万九七〇〇円をこえるものということはできない。そうだとすれば、機の前記死亡当時の純収益は、毎月四万円、年額にして四八万円であつたというべきである。そして、機の残存稼働年数について考えてみると、証人鈴木芳雄の証言によれば、大工は特別の事情がない限り、六五才まで働けるものと認められるから、機の残存稼働年数は四〇年であつたということができる。そこで機の右所得につき、ホフマン式計算により右期間の中間利息を控除すると、機の得べかりし利益は、一〇三八万八四五五円をこえるものと解するのが相当である。しかし、機の前記過失を斟酌すると、右金額の五割にあたる五一九万四二二七円を被告らに負担させるを相当とする。

〔証拠略〕によれば、原告澄子が機の妻であり、同為雄および同さだが同人の父母であることが認められるから、原告澄子は二五九万七一一三円同為雄および同さだは各一二九万八五五六円づつの請求権を相続により取得したというべきである。

(三)  原告らの慰藉料

原告らと機との身分関係は、前記認定のとおりであり、〔証拠略〕によれば、原告澄子は、機と婚姻してから一年も経ないうちに本件事故に遭つたことを認めることができる。そうだとすれば原告らが本件事故により多大の精神的苦痛を受けたことは容易に推測しうるところ、その慰藉料は、前記機の過失を斟酌すると、原告澄子においで八〇万円、同為雄および同さだにおいて各四〇万円を相当とする。

六、(相殺)

〔証拠略〕によれば、被告会社は、機の前記過失にもとづく本件事故により被告車を破損され、その修理費用として二六万七八七〇円以上を支出したことが認められる。そして、前記嶺島の過失を斟酌すると右金額の五割にあたる一三万三九三五円の損害賠償請求権を取得したものということができる。そして、本件のように原告らおよび被告らの各損害賠償請求権が同一の事実から生じたものである場合には相殺を禁止する理由がなく、被告会社が本訴において相殺の意思表示をしたことは明かであるから、原告ら三名の損害賠償請求権は、それぞれ四万四六四五円の割合で、対等額において消滅したものということができる。

七、(損害の填補)

原告らが自動車損害賠償責任保険から、すでに一五〇万円の支払を受けたことは、原告らの自認するところであり、本件弁論の全趣旨によれば、原告澄子が右金額の二分の一にあたる七五万円、同為雄および同さだが残額の二分の一にあたる三七万五〇〇〇円づつを取得し、各原告らの損害の一部に充当したことが窮われる。

八、(原告澄子の支出した弁護士費用)

〔証拠略〕によれば、原告澄子は、被告らがその任意の弁済に応じないので、弁護士たる本件原告訴訟代理人にその取立てを委任し、手数料として三〇万円を支払つたほか、成功報酬として合計八五万円を支払うことを約したことが認められる。しかし、本件事件の難易、被告の抗争状況等を考慮して、右費用のうち、四〇万円を被告らに負担させるのが相当である。

九、(結論)

そうすると、被告に対し、各自、原告澄子は、三一〇万二四六八円、同為雄およびさだは、各一二七万八九一一円およびこれらに対する本件事故発見の日以後であること記録上明白である昭和四二年六月一日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるが、その余の原告らの請求は理由がない。

よつて、原告の本訴請求中、右の限度でこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条、第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 福永政彦)

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